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小林明子 インタビュー
楽曲
「恋におちて」

ゲスト
MC
1980年代に大ヒットし、今もなお多くの人に歌い継がれる小林明子さんの「恋におちて」。不倫をテーマにした大人の切ないラブソングの制作秘話や、大ヒット後の人生について、小林明子さんご本人にお話を伺いました。
マーキー
どうも。
小林
どうも初めまして。
マーキー
初めまして。大阪ラジオ局FMCocoroで番組やってます、マーキーと申します。
小林
小林明子と申します。
マーキー
いやいやいや、私の方はもうもちろんよく知ってるわけですけども。
マーキー
そもそもこの曲というのは、聞いた話なんですけども、どこかの音楽出版社にお勤めになっていた時に作曲したもの?
小林
実はもともと歌手志望だったんですけれど、だいたい25歳ぐらいまでに芽が出なかったんで、あといろんな経験をしてちょっともう無理かなと思って。それで音楽を諦めたくないから「じゃあ曲を書こう」ということで作曲を始めたんですけど、その時にたまたまお友達を介して作曲家の事務所をしてる方に巡り合ったんですね。
マーキー
はい。
小林
その当時、私は東大の叔父の研究室で秘書をしていて、秘書をしながら曲を書いてたんですけれど。その作曲家の事務所をしてる方に巡り合って、私お酒全然飲めないんですけれど、なんか友達がセッティングしてくれてみんなで飲みに行こうっていって。コピーライターの方と女性の作家事務所の瀬戸さんという方とお友達と、デモテープを持って4人で飲みに行ったんです。で、飲んでるふりをしながら・・・
マーキー
飲んでるふりをしながら?
小林
おずおずとデモテープをね、「私はこんなものを書いております、もしよかったら聴いてください」って。で、「うんわかったわ」ってとかって。
マーキー
わかったわって女性の方ですか?
小林
そうです。女性マネージャーで、しかもすごい、なんて言ったらいいんですか?姉御みたいな感じの。
マーキー
男まさりな?
小林
本当に男っぽい人で、お酒はガブガブ飲むし、タバコはスパスパやるし。
マーキー
豪快やな(笑)
小林
豪快な方で、わかったわって持って帰ったんですよ。それで聴いてくれるかなとか思ったんですけど、次の日になってすぐ電話かかってきて、「聴いたわよ。期待しないでね?でも一緒にやってみようか」って言ったんです。
マーキー
気に入ってるじゃないですか!かなり気に入ってますよね?
小林
ハハハ(笑)「期待しないでね。気軽に考えてほしいんだけど、ちょっと一緒にやってみようか」っていうふうに言って。「ありがとうございます!」って。それが作家としての第一歩で。「ちょっとね、私のすごい信頼してるプロデューサーがいて紹介するから、一緒に会いに行こう」っていって連れられて会いに行ったんですよ。
マーキー
はい。
小林
会いに行った時に出てきたシゲミさんというプロデューサーの方なんですけど、「おお、デモテープ聴いたよ。いいねいいね。ちょっと一曲書いてほしいんだけど」って。
マーキー
はい。
小林
「僕、今からプロデュースする女性がいて、その女性のために曲を書いてほしいんだ。たとえて言うならば、大人の女性の歌で、もう一癖も二癖もあるような。いろんな橋を渡ってきて、そういう女性の歌を」って。
マーキー
ちょっとやんちゃな女性の歌をつくってくれっていうかね、大人の。当時は作詞も作曲もされてたんですか?
小林
いや、作曲だけ。
マーキー
作曲だけ。でもメロディーはそういうメロディーをつくってくれっていうオファーなんですかね?
小林
たとえて言うならば、シャーリーンの「愛はかげろうのように」という、そういう曲なんだと。で、「はぁそうですか、わかりました」と。で、2週間。だいたい締め切りって2週間なんですけど、がんばって一生懸命書いたわけです。
マーキー
ちなみにシャーリーンの「愛はかげろうのように」は聴いたんですか?
小林
もちろん、知ってましたし。
マーキー
そうかそうか。もう一度聴き直したと。
小林
そうですね。それをモデルにして、2曲書いて。で、締め切りの時に、マネージャーの女性と一緒に行って。
マーキー
豪快なマネージャーと?
小林
豪快なマネージャーさんと行ったんです。で、渡して。そしたら、聴いてみて「おー、いいねいいね。気に入った!大OK!」って。
マーキー
大OK!(笑)
小林
で、その曲が「恋におちて」の原曲だった。
マーキー
まだ原曲の段階なんですか?タイトルもまだ?
小林
いや、タイトルも何も決まってない。私のデモテープで、ちょっとテキトーな英語で。
マーキー
テキトーな英語で?英語詞だったんですか、テキトーな英語でハミングのような?
小林
メロディーになんとなく歌詞をつけた方がわかりやすいので、そのテキトーな英語で歌ったデモテープ、ピアノとあと多重録音したドラムとかいろいろ入ってるやつを作って提出して。そしたら、「ああ、気に入った」って。それで一旦帰ったんですよ。
マーキー
はい。
小林
それから1年かかったんです。1年かかって、何も起きてこないのでうちの作家マネージャーが「ちょっとね、いい加減に私に返してちょうだい。返してくれたらあの曲を使いたいって人がいっぱいいるのよ」って言って。
マーキー
うん。
小林
そしたらシゲミさんが、「いや、いろいろ考えたんだけど、あっこちゃんさ、僕はやっぱりあのデモテープの君の歌声が一番良いと思ったんだよ。君がやんない?」って言って。それでデビューになったんです。
マーキー
へぇー!で、歌うことになったんですか?
小林
そうです。
マーキー
そこから湯川玲子さんが詩を書くようになったんですか?
小林
そうです。それで、テレビのタイアップ。出版社さんにかんでいただいて、持ってくるからっていう話になって。それでまず最初に、TBSのドラマの主題歌が決まりました。金妻シリーズ第3弾目。
マーキー
それがまたすごいですよね、もう。
小林
で、木下プロという金妻シリーズのプロデューサーの方たちが曲をすごく気に入ってくださったんですけれど、あのシリーズは代々テーマソングが洋楽だったんです。
マーキー
ドラマの挿入歌が?
小林
はい。それで第3弾も当然洋楽でいこうと思ってたら、私の英語のメロディーをデモテープを聴いてこれが良いと思ってくださったので、英語で歌ってねってなったんですよ。
マーキー
それで日本語と英語両方入っている曲に仕上がったんですか?
小林
ええ。でもね、レコード会社さんとしては全部日本語にしちゃうと、日本のマーケットで日本人アーティストとしては売れないよと。
マーキー
なるほど(笑)
小林
いろんなやりとりがあって、じゃあ半分ずつにしよう。じゃあ両方書ける人っていうんで、湯川れい子さんになったっていうのが私の記憶なんですけど、人によってバージョンがちょっとちがう・・・(笑)
マーキー
いやいや本人が語ってるから一番まちがいないと思うんですけども(笑)
マーキー
まあ、小林明子さんはそういうふうにね。
小林
はい。
マーキー
最初に詞が来た時はどうだったんですか?
小林
言葉だから文句がつけやすい。メロディーは音楽でわからないから、普通の人はピアノも弾けないだろうし。だから文句はあんまりつかないけど、歌詞って誰でもわかるから。俺はこの方が良いと思う、俺はあの方が良いと思うとか。
マーキー
「もしも」っていうあの歌い出しはどうなんだっていう人もいたりなんかしながら?
小林
ええ。それで、お気の毒なことに湯川先生は何回も書き直しをさせられて。
マーキー
そうなんですか。そういう苦しみがあってできていると。でも、大ヒットって言いますか、もう国民の歌に近いぐらいの。
小林
ハハハ(笑)
マーキー
冒頭に言ったように、この曲はひとつの何か、「大人の女性になるための登竜門的な曲」であるというふうなところにまで昇華してるっていう。
小林
やっぱりドラマのテーマが不倫だったので、その辺のやっぱり大人の女性のね、愛の葛藤というか家庭との両立とか、そういうことを匂わせるような歌にしないといけなかったし。で、またその片想いっていうか。両想いなんだけども、不倫だという女性の立場。
マーキー
そうですね。
小林
そういうことを反映させながら、湯川先生は大変大人でいらっしゃったから、歌詞の中に本当にいろんな想いを散りばめることができたんですけど。私はそれを全然うまく理解できなかった。
マーキー
ほう。
小林
私は音楽人間で、デモテープとか作ってるの好きでしたけど、機械いじったりとかね。なんか、恋愛とかそういうのにはあまり興味なかったんですよね(笑)
マーキー
ハッハッハ(笑)もう、わりと音楽一本で?
小林
そうですね。それでだから、不倫だのなんだのって言われてもピンとこなくって。歌詞の内容とかも、「白いバラを自分でお部屋に飾って」とかね。それもなんかこう、そんなことするかなあ?っていう感じで。
マーキー
そうなんですか?!聴いてる側はもう、小林明子さんは絶対部屋に白いバラを飾っているであろうというイメージが勝手に出来上がってましたもんね。大人の女性だろうっていうふうに、そのドラマと曲2つのイメージで。そして小林明子さんが歌いはると。
小林
そうですよね。レコード会社さんとかにしても、ビジュアル的にも大人のイメージでいこうっていうんで、私はどちらかというと童顔なんですけれども、それをやっぱりなんかこう、色っぽい女性にしないといけないっていう(笑)
マーキー
すごいですね、周りの戦略が(笑)
小林
デビューシングルのジャケットも、実は変えてるんですよ。最初オリジナルで出た5,000枚だけ刷った貴重なのがあるんですけど。
マーキー
あ、そうなんですね。
小林
それで、これじゃダメだって、売れ始めたら誰かがクレームつけて「もう一回撮り直せ」とかって。ジャケットの写真まで変えてるんです。
マーキー
まあ、1985年リリースされて大ヒットしまして、翌年はもう紅白歌合戦、ベストテン、いろいろメディアに。
マーキー
もうそれこそ、どこにいるかわからないぐらいの忙しさだったんですか?
小林
いやたしかに。キャンペーンとかもしないといけなかったので急に忙しくなって。毎日朝から晩まで食事とかもタクシーの中でしたりとか、あと休むのもタクシーの中で休んだりとか。
マーキー
忙しいですね。そういう時間を経て、今現在はイギリスに、ロンドンにも在住してはるという?
小林
そうなんです。
マーキー
もう長く?
小林
1991年に行きました。
マーキー
1991年。「恋におちて」は85年ですよね。
小林
はい。
マーキー
ということは、6年後ぐらいにはイギリスに行っちゃったんですか?
小林
はい。また話が前後しますけれど、実は私、音楽の好みというのに変遷があって。もともとの始まりは中学生になった時にラジカセを入学祝いでもらって、それでFEN、極東放送という。
マーキー
生まれは東京?
小林
はい。アメリカ、米軍基地放送を聴き始めて。
マーキー
そうですね。
小林
聴き始めて、カルフォルニアサウンドを聴いてました。カーペンターズも当時まだ現役でやっていたし、イーグルスとかね。リンダ・ロンシュタットだとか、好きだった。
マーキー
一緒ですね、ほぼほぼ世代が。
小林
そうですか。最初はそれでなんかLAサウンドだった。
マーキー
ウエストコーストサウンドっていうような名前で呼ばれている、カリフォルニアからいろいろ出てきた音楽。
小林
中学3年生ぐらいになるまでに、今度はロックが好きだったんですよ。特にプログレッシブ・ロック。
マーキー
考えれば中学生ですよね?その頃。そのわりには、ませてますよね?
小林
ハッハッハ(笑)そうですか?ピンクフロイドとかイエスとか。エマーソン・レイク・アンド・パーマーとか。
マーキー
そういう創作的なプログレッシブなものが。意外ですね。
小林
一番多感な頃の、中学3年生15歳くらいから高校生の3年間っていうのは、プログレだったんです。プログレとロック。ブリティッシュロック。それでその、私のなんていうのかな。スピリチュアルな意味では、「プログレで育った」わけなんです。
マーキー
「小林明子」さんと「プログレ」っていうのが出てきて、今ものすごく頭の中が混乱中ですけどもね(笑)
マーキー
そうなんですか。もともとのベースはそこにあって、そこから音楽に?
小林
そうですね。
マーキー
今お話聞いたように、「恋におちて」がドンと出て、そしたら今イギリスに行きはるっていうのは、元の原型に戻ろうっていうようなところもあるわけですか?
小林
はい。「恋におちて」のヒットがあって、アルバムを何枚出したかな。5枚ぐらい出した後に、だんだん30歳に近づいてきて、なんかね。私のキャリア、アルバムとかも結局作曲家をしていたんで、人に書いた曲がたくさん曲があった。
マーキー
うんうん。
小林
その人に書いた曲を集めてアルバムが2〜3枚できた。ということは、自分のために書いてない。それを考えた時に、なんとなく私の本当のスピリチュアルな意味での「自分を表現した音楽」っていうのはつくってなかった。
マーキー
まあその曲も、自分の表現のひとつではあるとは思うんですけどもね。でも100%自分に絞ってなかったっていうところではあったんですね。
小林
はい、それがいつも心の片隅にあって。で、よく「ミッドライフクライシス」とかって向こうで言いますけど。だいたい人間30代半ばくらいまでに、俺はこれでいいのかって。俺には別にやりたいことがあった。やるんだったら今しかないっていうような。で、会社辞めちゃったりポーンと海外行っちゃったり。それだったと思うんですけど。
マーキー
はい。
小林
それで私も「プログレがやりたい」と思ったんです。
マーキー
プログレがやりたい!
小林
そうですね(笑)
マーキー
大ヒットした後にも、もこもこと起き上がってきた。周りの人に言ったんですか?それを。
小林
言いました。
マーキー
言ったらどう言ってました?皆さんちょっと待てと?
小林
レコード会社さんに、私はもうね、イギリス行きたいと。イギリス行って自分のルーツを見つめ直したいみたいなことを言って。そうしたらみんな、「え?」とか思ったんでしょうけど、「やってみれば」ってなったんですよね。
マーキー
ほう。
小林
なんか援助してくださって。
マーキー
やっぱり才能を見てはったんやろね。周りの人はそういう部分に行ったらもっと開花するんじゃないかっていうふうに予感があったんじゃないですか?
小林
どうでしょうね。とにかく多重録音とか好きで。凝ったデモテープを家にこもってたくさん作ってたんですよ。
マーキー
機械とか、ようけ(たくさん)持ってるんですか?
小林
そうですね。自宅に小さなシンセサイザーとか。
マーキー
はいはい、スタジオをセットアップして。
小林
それでこの子はね、そういう音楽人間だからだから、なんか芸能界だのなんだのっていうよりそういうとこでやらせてみたらいいよって話になったんじゃないですか?
マーキー
ああ、なるほど。
小林
それで、1991年に行きました。
マーキー
でもあの、「恋におちて」が大ヒットした時も資料によりますと、オランダに行かれて向こうでもリリース、香港でもリリースということで。やっぱりヨーロッパとかっていう外国にはかなりご縁がある方なんですね?ご自分ではどうですか?
小林
どうなんでしょうね。オランダのリリースも、あれも偶然で。
マーキー
偶然が多いですね(笑)小林明子さんの話、偶然が何個か出てきてますけどもね。偶然なのか必然なのかわからないぐらい。
小林
あれはレコード会社だかマネジメントだかの方が、日本に来ていて。たしかアーティストのコンサートのお付きかなんかで来ていて、カラオケ行ったらしいんです。
マーキー
はい。
小林
そしたら、カラオケで「恋におちて」を誰かが歌ってるのを聴いて、なんか「オランダでも売れるんじゃないか」って思ったんですって。それでコンタクトして、なんか回り回ってというか、オランダで出したいって言ってるとかっていう話になって。
マーキー
やっぱりメロディーの中にプログレッシブが流れてるんじゃないですか?込めてる意識がなくても、その「ラララララララ ラララララ〜(もしも 願いが叶うなら)」っていう綺麗なメロディーから。
小林
あの、坂本久さんの「上を向いて歩こう」があれだけヒットしたのと同じで、日本人の各曲のメロディーの中にも、そういうなんていうのかな、「西洋人の郷愁を誘う」ような、そういうエッセンスがどっかにあったんでしょうね。
マーキー
それはやっぱり中学から磨き込んだイエス、ピンクフロイドあたりに源流があって、思い浮かぶメロディの中に自然にそういうものが込められているんじゃないかと、話を聞いてて思いますけどもね。
小林
そうかもしれないですね。
マーキー
意識されないところが一番いいのかなぁとか。今でもどんどんやっぱり出てくるんですか?メロディーは。
小林
そうですね。基本的にあの、なんか音があればつけれるって感じですね。
マーキー
じゃあ、あのピアノとかの前に座って。
小林
もちろん。ピアノはでもね、実はね、弾き語りはものすごく不得意でできない。曲を書くのには打ち込みをするのとか、すべてキーボードなんですけど、でも歌うと手が止まるんですよ。
マーキー
ほう。
小林
だから真剣に歌おうとすると手が止まっちゃうんで、うんとゆっくり手と口両方に、神経を送りながらやるか、もう歌わせてくれと。
マーキー
もうピアノはなしで、歌に専念?
小林
はい。ピアノは習ってましたよ。私、桐朋女子に通ってましたので、親はあわよくば桐朋の音大に短期でもいいから入れたいと思ってたみたいで。
マーキー
すごいですね、音楽の王道といいますか。そこへちゃんと進まれる感じの環境があったんですよね。エリートって言いますかね、音楽のバークリー音楽学院とかそういう方向を目指しているような空気感も感じますけどね。
小林
桐朋の音大か短大ぐらいにでも行けたらピアノの先生になれるから、そうしたらあとは安泰だなってそういう時代だった。
マーキー
なるほど。それが恋に落ちてがはっと偶然。気がつけば芸能界なのか。でもその経験というのは今から振り返ればどうですか?日本での85年、6年、7年、8年あたりの動き。
小林
そうですね。まず一番なのは、先ほどもおっしゃったように、私はついていたと。運が助けてくれて、そうでなければもう諦めていた。で、諦めた理由はというと、やっぱり普通の家庭で普通に育ったので、常識がちょっとちがった。どちらかというと天然なので、まずその上下関係というのが理解できなくて。
マーキー
みんなニュートラルってね(笑)
小林
芸能関係の特に上下関係とか、ああいうのもなんかこうピンとこなくてね。それで馴染めないと思ってたんですけれど、やっぱりどんどん学習していって。で、最初にデビュー曲がヒットしてくれたおかげで、その後から色々と自分のね、やりたいことを聞いてもらえるようになって。
マーキー
なるほど。
小林
最初はもう、はいはいって、仰せの通りでございますってやってましたけど、やっぱりプロデューサーがすごくわかっている方で、「この子は好きにやらせた方がいい」と。頑固だし、こういうふうにした方が良いって言ってもダメだから、好きにやらせた方が良いっていうふうに言ってくださった。
マーキー
もうわかってはったんですね、日常を見てると。きっと小林明子さんはこういう思考性を持ってるっていうことをはっきりわかってはるスタッフがたくさんいたっていうことなんでしょうね。
小林
そうですね。でもね、好きにやったおかげで、プロデューサーの言うこと聞いてたらもっと売れたのかなって(笑)
マーキー
ハッハッハ(笑)なるほどね。どんどんどんどん、大ヒット曲が。いやあ、それは本当に一回しか辿れない人生ですもんね。どの道を選ぼうがっていうことですよね。
小林
はい。
マーキー
今はどうですか?この曲、小林明子さんにとってどういう存在ですか?今もこう、生き生きと皆さんに歌われてるわけですけどもね。もう曲がご自分から離れてる感じですか?
小林
やっぱり作曲家としても初めて書いた曲で、それもその後の成り行きとかもあったので、とにかく「すごくスペシャルな曲」ですよね。
小林
自分の中で本当にスペシャルな曲です。
マーキー
なるほど。たとえば皆さんが歌う、演奏するって思った時に、ここはちょっとポイントなんだよっていうところありますか?
小林
やっぱりファルセットになるところがあるじゃないですか。
マーキー
ファルセット?
小林
「手を止めた〜」っていうとこ。「I'm just a woman〜」って。
マーキー
ああ、はいはい。
小林
あの辺のファルセットになるところを、男の方もたくさん歌っていただいてるんですけど。あの辺がね、皆さんちゃんとよくやっていただいていて。あとは英語の部分かな。日本の方はね、英語の部分があるので。
マーキー
湯川れい子さんもあの、「I'm just a woman」のところにずいぶんこだわったとかっていう話を。
小林
ああ、そうなんですか。
マーキー
「just」を入れる、「I'm just a woman」っていう。このなんかひとつのこの流れが「I'm just a woman」ってなんかこう、ふっと口から出るような。
小林
ええ。
マーキー
その辺は湯川さんとはあんまり話されてない?この歌詞はこうなんだよとか。
小林
湯川先生とは、とにかく曲ができるまでに、歌詞ができるまでに散々話したし。
マーキー
湯川さんは実話っていう話が載ってましたけどもね。実話っていいますか。
小林
ていうか、いろんな体験の中で、自分が見た思い出のシーンとかね。ていうところから取られたみたいですよ。「ダイヤル回して手を止めた」とかもね、そうでしょうし。
マーキー
そうですね、85年はもうプッシュホンに切り替わってたっていう記事が載ってて。あえてダイヤルにしたんだっていう、プッシュホンではやっぱり、「ためらい」はちょっと表現しにくいなって。なるほどなぁって。そういう言葉使うっていうのはなんかすごくこう・・・
小林
いや、プッシュホンじゃ・・・ねぇ?
マーキー
雰囲気出ないですもんね。
小林
スマホもダメだし。ね、なんかあのメールもダメだし、電話じゃないと。電話はだって、声が聞けるんですよ?会えない人の声が聞ける。でも顔が見えないから喜んでんだか怒ってるんだか、なんかその辺の「顔では読めないそのドキドキ感」というか、そういうのがありますね。
マーキー
めちゃめちゃそのドラマティックな恋愛の雰囲気、めちゃくちゃ熱いじゃないですか!
小林
ハハハ(笑)
マーキー
「私はそんなのあんまり」とかって言いながらも。
小林
やっぱりこう、誰でも経験ありますよね。電話かけるときにドキドキしてるっていうのは。もうそれは、電話って大抵ドキドキしませんか?
マーキー
昔は親が出ましたしね。
小林
そうなんです。
マーキー
「すいません、誰々さんいますか?」とかね。
小林
そうですね。
マーキー
いやいやいや、もうなんか話してると時間すっかり忘れてしまいまして。ちょっと喉を潤したいと思います。
小林
これちょっといいですか?かわいいです。
マーキー
夏みかん、一緒でしたね!
小林
ね。あ、爽やか!
マーキー
今日は本当に、あっという間の時間でしたけども、いろいろ貴重な話を本当にありがとうございました。
小林
いえいえ、なんか喋りすぎたかなみたいな(笑)
マーキー
いやもうなんかこう、映画を見てるように85年あたりの動きと、そしてイギリスに行って、そしてU2と一緒にセッションをしたっていう、すごいなぁ。これからもじゃあ、何が起こるかそのわかりませんね。偶然がまだまだ続きそうですね?
小林
そうですね。でもね、「偶然って願ってないと起きない」みたい。
小林
なんかあの、のほほんとしていると起きないみたいですよ。やっぱり強く願望していると起きるんですよ。
マーキー
なるほど。強く願望して、毎日を過ごそうという。
小林
強く願望してないと、偶然が起きた時につかめない。
マーキー
なるほど。強く思ってるから、来た!バン!って。このタイミングですね?常に思ってないとつかめないという。常に構えてないとダメですよ。
小林
そうですね、ハハハ(笑)
マーキー
ボーッとしてたら、ボーンとエラーするということですね。ここに飛んでくるんじゃないかと思いながら、ずっと暮らしていると飛んできた時にはつかめるという。たしかにそうですね。
小林
そう思いますね。
マーキー
今日はありがとうございました!小林明子さんでした。
小林
どうもありがとうございました。